子どもの学校で被爆体験講話の案内があっていましたので、初めて聞きに行くことができました。そしてそれは、自分が子どもの頃、教師時代の学校で聞いたどれよりも強烈にインパクトのあるものでした・・・。その要因のひとつは自分がこの仕事をするようになって、長崎の街をくまなく歩いたり描いたりするようになったことが大きいように思います。もっとも衝撃的な部分は、被爆後、半年以上経った春頃まで周囲に散乱する死体が放置され、それを誰も何もしてやらなかった・・・あまりにも死体が多すぎて「亡骸を葬ってやろう」という気持ちさえ起こさせなかった・・・というくだりです。死体は腐り脂が流れ出し、やがて白骨化してもずっとそのまま放っておかれたそうです。妊娠したお母さんの遺体もやがて大小の人骨に変わり、雨水にその小さな骨が流されていっても、そのままだった・・・・と。 我々が住んでいる長崎市。特に私が生まれ育った浦上の地はまさにそういう場所だったことに間違いありません・・。そして私の中にそういった「何か」が擦り込まれていることも間違いのないことなのです。

大学時代の同級生から電話をもらいました。「どうしているか・・」という電話。これはかなりうれしいHappy Surprise!でした・・・嫌なこと3個分?くらい帳消しにしてくれるくらいの・・・・!


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