アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

9/7(木)

今日は1年のうちでも数日あるか?というよく晴れて暑くも寒くもないいい日でした!
今日は「シーボルト大」の教授の方からの依頼の仕事の下書きをなんとか終わらせました・・・・。空気が乾燥しているので水彩紙などが湿気る心配もないので窓を開けて気持ちよく仕事しました^^
窓の外の樹木に「つくつく法師」が飛んできて鳴いていましたが、この声もやがて聞かれなくなることでしょう・・・。
昼には近所にある郵便局に「自分の作品を飾っていただけないか・・」というお願いに行きました。局長さんは不在でしたが局員は顔なじみであり、大変好意的に接してくれました。・・・ありがたいことです。追って連絡をくれるという返事をもらいました^^。
08f713c4.jpg

僕の子ども絵日記 ながさきの四季

江島 達也著 2011年3月 長崎新聞社

ISBN 978-4-904561-22-5 69P 21×21cm   定価 ¥1,200 + 税


長崎県内すべての郡市を舞台に、親子はもとより、先生と子ども、祖父母と子どもなど、ちょっとクスッと微笑ましい情景を文章と絵でつづったイラスト&エッセイ集です。

2007年10月から2010年2月に長崎新聞・生活文化欄に掲載された25編に、描き下ろし「軍艦島タイムスリップ編4編」を追加しています。

「小学生でも読めるものを!」というコンセプトでかかれたエッセイですので、現在「子どもである」方も、「昔、子どもであった」方でも気軽に読める、ながめられる本であると思います。

また長崎各地のどこにでもあるような風景と長崎弁のやりとりを楽しんでいただければ幸いです。

09jun005012

09jun005011

僕の子ども絵日記-1

僕の子ども絵日記-4

僕の子ども絵日記低解像-5

 

09jun005004

9map改240
アーティストの竹本 孝之さんからコメントを頂きました。竹本さん、ありがとうございます!

『 方言には色がある。その言葉を聴くと思い出される、その時その時の景色がある。』


私の故郷、長崎の四季を綴ったこの「僕の子ども絵日記」は、まさしく私が過ごした少年時代の記憶そのものだ。昭和40年に生まれた私は、第二次ベビーブーム世代とでもいうのだろうか。その当時、滑石に住んでいた私が通っていた小学校(大園小学校)には子どもが溢れ、何をやるにも大騒ぎ。町の行事等も大いに盛り上がったものだ。今に比べて遊ぶ道具は無かったが、そのぶん知恵があった。三角ベースや陣取り合戦、ひとりで遊ぶ機会のほうが少なかった時代。高度経済成長の真っ只中、決して裕福では無かった少年時代を過ごした私は、年上の兄ちゃん達と一緒に遊ぶ中で、色々な事を学んだ。遊びの場がもうひとつの学びの場になっていた時代だった。


そんな私も今年46才になった。長崎を離れ、早いものでもう30年になる。帰省する度に町の変化に驚かされるが、それは仕方の無い事なのだろう。


しかし、この「僕の子ども絵日記」だが、頁を一枚めくる度に暖かく、そして切ない気持ちになるのは何故だろう…。

変わり行く長崎の忘れてはならない原風景が、お国訛りと共にこの本には描かれている。望郷の中にある、懐かしいあの方言を思わず口に出してみる。と、知らず知らず笑顔になっている自分に気付くのだ。


昭和の子ども達にも、平成の子ども達にも見せてあげたい、

私の大切な、そして大好きな一冊となった事は間違いない。



2011年 竹本孝之



〇yahooショッピングからのご購入は こちらから 

〇楽天市場からのご購入は  こちらから

〇amazonからのご購入は こちらから

〇当サイトから当方へ連絡いただければ、在庫分を販売いたします。おお名前と冊数を

ejima@hayabusa-studio.com   までお知らせ下さい。折り返し送料等についてご案内いたします。

                                             (著者 江島 達也)


追伸 広島県の方から、拙著に対し、とても有難い言葉を頂きましたので、手前みそだと謗られるかもしれませんが付記させて頂きます。私にとって、これほどあたたかく、力強く、励ましてくれるアワードはありません。
ありがとうございました。


「おかあちゃん もういっぺん 会いたいばい!」


小さい頃 家に風呂は無く いつも近くの銭湯に行っていた

テレビでよく見る風呂上がりのコーヒー牛乳は
ぜいたくすぎてあまり飲んだことはなかった

それでも銭湯の帰りに
隣の駄菓子屋で棒アイスを買ってもらった

カップ入りのアイスはぜいたく品で
風邪をひいたときだけ 買ってもらえた

トイレは ポッチャン便所(汲み取り式)だったから
夜行くのが ほんとこわかった

車なんてなかった

だから…… 
休みの日の楽しみは 平和公園に弁当を持って出かけたり
広島駅ビルの屋上の乗り物に乗ることだった(※今はないですよ~)

塾なんてないから
学校から帰って宿題をして 日が暮れるまでずーっと友達と遊んだ

ゲームなんてなかった

ケンケンパー だるまさんが転んだ 鬼ごっこ かくれんぼ 


たとえ道具は無くても
友達さえいれば どんな遊びでもできた

ほんと楽しかった

何にもなくても楽しかった

何もないことが楽しかった

急に……
母のぬくもりが懐かしくなった

そして思わず 母に話しかけた


おかあちゃん 久しぶりたい

今 どうしよっと?
あっちの生活も長かけど もう 慣れたと?

おかあちゃんの生まれ故郷の長崎ん人が出した
心がと~っても優しくなる本を買うたとばい

そいで その本を読んどったら 
小さい頃を思い出して 
涙が止まらんようになってしもうたとよ

おかあちゃん 今 元気にしとっと?

あ……
あっちの世界は もう 病気とかなかかー

ごめんね……
うちは 長崎ん人じゃなかけん
長崎弁をうまくしゃべれんとよ

ねぇ おかあちゃん
お願いがあるとやけど……

今日は 話をずっと聞いてくれんね?
話したかこと いっぱいあるとよ

今日だけでよか
今日だけでよかけん……

ん……?
やっぱい そいは どうでんよか

そいより……
やっぱい そいより……

おかあちゃん もういっぺん 会いたいばい!  

DSC_0002w

僕の子ども絵日記-6w

僕の子ども絵日記-8w

僕の子ども絵日記-10w

僕の子ども絵日記-14w

僕の子ども絵日記-16w

僕の子ども絵日記-18w

僕の子ども絵日記-20w

僕の子ども絵日記-22w

僕の子ども絵日記-24w

僕の子ども絵日記-26w

僕の子ども絵日記-28w

僕の子ども絵日記-30w

僕の子ども絵日記-32w

僕の子ども絵日記-34w

僕の子ども絵日記-36w

僕の子ども絵日記-38w

僕の子ども絵日記-40w

僕の子ども絵日記-42w

僕の子ども絵日記-46w

僕の子ども絵日記-48w

僕の子ども絵日記-50w

僕の子ども絵日記-52w

僕の子ども絵日記-54w

僕の子ども絵日記-56

僕の子ども絵日記-58w

僕の子ども絵日記-62w

僕の子ども絵日記-64w

僕の子ども絵日記-66w

僕の子ども絵日記-68w

僕の子ども絵日記-70w




9/5(火)

「長崎シーボルト大」に仕事の打ち合わせに行って来ました。
ある教授の方の研究資料(冊子)に挿し絵をつけるためです。
久しぶりに大学の空気というものを味わいうれしかったのですが、まだ学生達は夏休み中ということでキャンパスはひっそりとしていました・・・。
それにここは自分の出た大学とはかなり違って、建物や敷地はすごくきれいだけど、なにか「生活感」のない感じがして少しさびしいと思いました。
教授とは「長崎の教育について」など話が盛り上がりました^^
p1000409.jpg
記事検索


プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


以下は、すべてアトリエ隼(対州屋)のサービスです。









荷運び馬復活を目指す長崎市唯一の対州馬、ひん太FBページ

坂ん街の暮らし、応援します。
馬運・馬搬・作業萬ず/
「対州屋」(たいしゅうや)



☆ FaceBook ☆